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函館地方裁判所 昭和38年(ワ)282号 判決

原告 小笠原孝美

被告 申栄晩

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、被告は原告に対し金一九万三五一九円及びこれに対する昭和三八年九月七日から支払済に至るまで年五分の割合の金員を支払うべし、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、

その請求原因として次の通り主張した。即ち

原告は昭和三八年八月四日午後二時三〇分頃熊石村字折戸滝沢政二郎方前の巾員約六米の国道の左側を普通四輪自動車を運転し江差方面に向つて進行中のところへ、反対方向から今金方面に向つて進行してきた被告の運転する普通四輪自動車が正面衝突したため原告車は大破した。右衝突地点附近の道路は六〇度のカーブであつたから原告は右道路の左端を減速し進行していたもので、被告はその道路の反対側即ち被告の進行方向に向い左側を大曲りして減速し進行すべきであるに拘らず右端を漫然減速もしないで進行したために原告車と正面衝突する本件事故を惹起したものであつて、右は被告の過失によるものであり、右事故により原告車が大破した結果原告は金一九万三五一九円の損害を蒙つたので被告に対し右損害の賠償を求める。

立証〈省略〉

被告は主文と同旨の判決を求め、

答弁として、次の通り主張した。即ち

原告主張の日時場所において原告主張の自動車衝突事故が発生したこと、原告車が大破したことは認めるも、右事故現場は道路がカーブであつたため被告はその約七〇米位手前から時速三〇粁に減速して道路の左側を進行してきたところへ、原告車が反対方向から時速八〇粁位の急速度で進行してくるのを認めたので、被告が停車したところへ右反対方向から進行してきた原告車が衝突したものである。従つて本件事故は原告がその車を制限速度をこえスピード違反の運転により衝突した過失あるものであつて被告には過失がない。原告主張の損害額は争う。

立証〈省略〉

理由

原告主張の日時場所において原告主張のように原告の運転する自動車と被告の運転する自動車がほゞ正面衝突し、原告車が大破したことは当事者間に争がない。

成立に争ない甲第三、第四号証、同第八、第九号証(但し甲第九号証は記載の一部)証人菅原正、中井誠司(一部)、重村栄一(一部)の各証言、原告及び被告(一部)各本人の陳述並びに検証の結果を綜合すると次の事実が認められる。即ち

原告主張の道路を原告はその自動車を運転し江差方面に向い、被告はその車を運転して江差方面から今金方面に向い進行してきた。そして右滝沢政二郎方前路上で両車がほゞ正面衝突したのであるがその道路は当時こぶし大の石のまじつた砂利敷のゴロゴロした道で巾員約六米、有効巾員約四米であり、自動車が一車通る車痕がついていて右滝沢政二郎方前附近では道路が約六〇度位のカーブであり、右の車痕は滝沢方の家屋に寄つた側についていて同家屋のうしろが山であり反対側が海寄りであつて、砂利道が少し高くなつており、原告は右車痕に沿つてその車を運転して、滝沢方前のカーブにかかる前衝突地点から約三〇米位前で被告車を発見したが一五米位手前でブレーキをかけ始め、(原告ははじめ停車の措置をとる積りはなかつた)わづかに衝突地点から約五米位手前のところで前方から被告車が迫つてきたため強くブレーキをかけた。被告は反対方向即ち江差方面から今金方面に向つて右道路を、右車痕に沿つて進行してきてカーブのため約一五米位手前でブレーキを少しかけたが、カーブを曲りかけた所の衝突地点から約六米手前の地点で原告車と衝突の危険が迫つたため急ブレーキをかけた。当時原告は時速約五〇粁位で走行してきて停車の意思は全くなかつたが、カーブにかかり被告車発見の際は時速三〇粁ないし四〇粁で走つていて被告車を発見したため急ブレーキをかけて約一五米余の車痕を残して被告車と衝突し、道路左端から約七〇糎中央寄りに停車した。被告車はときどきブレーキをかけながら右カーブにさしかかり、急ブレーキにより約六米余スリツプして衝突停車したのであつて、事件の約一時間後ではあるが、かけつけた警察官の調査の結果では被告車が停車したところに、原告車が衝突したものとは認められなかつたこと、結局原被告車はいずれも衝突して停車したものであること被告車は道路上の滝沢方前よりわづかに中央寄りを走つたためその車の右側が原告車と衝突し、その結果原告車はバンバー、フロントまわりが大破し、ドアがこわれて動かなくなつた。他方被告車は右ライト、バンバー、ボンネツトが小破したが被告車が保険に加入していたので、保険でその修理をしたことが認められる。証人中井誠司、重村栄一の各証言、被告本人の陳述並びに甲第九号証の記載のうち右認定に反する部分は採用できない。右認定の通り、本件事故現場は有効巾員がわづかに四米位の砂利敷道路ではあり、車痕が一車分しかついていない道でカーブのことであるから被告はここに差しかかるについては少くも相当程度減速するのみならず、反対方向から走行してくる車のあるべきことは当然予期すべきことであるからそのような場合には直ちに停止の措置をとりうるよう万全の態勢を調えておくべきところ、被告本人の陳述によれば、被告は本件カーブに差しかかり速度を時速三、四十粁に落した旨並びにカーブでも時速一〇粁に速度をおとすことはない旨自陳しているところであり、前認定の事実のもとで被告には本件衝突発生について注意をかいたため前記義務に違反したもので、過失ありとしないわけにはいかない。そしてその結果原告車は大破して損害を蒙つたこと前示のとおりであり、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一、第二号証、原告本人の陳述によれば、右損害により、自動車は動けなくなり後に函館まで牽引車に牽引して貰い工場で修繕したため合計一九万三五一九円の費用がかかつたことが認められる。従つて右衝突事故による原告車の破損による損害は被告の過失に基づくといわなければならない。

しかしながら、前記証拠に基づく認定事実によれば、原告も亦前記のような有効巾員わづか四米位の車痕が一車分しかない砂利敷道路を時速五〇粁位で走行してきてカーブにかかつて三、四十粁に減速したものの、被告車を発見して急ブレーキをかけた痕跡が約一五米位であつて、衝突の危険が迫らなければ停車の措置をとらない積りで走行したため、停車の措置をとつたときは衝突防止に間に合わなかつたもので、自動車運転による衝突防止の措置をいつでもとりうる態勢をとつていなかつたという注意をかいたため自動車運転者としての義務に違反して本件衝突を惹起した責任があるものといわなければならない。してみると原告にも亦過失があることが明らかであつて、原告が本訴において訴求するのは被告の不法行為に基づく損害賠償ではあるが、この場合にも被害者たる者に過失あるときは単に賠償額算定について斟酌しうるに止まらず、事実関係の態容如何によつては加害者たる者の賠償責任自体をも否定しうるものと解され、本件においても前示事実関係のもとにおいては、被害者たる原告の過失の前示態容程度は被告の過失の態容程度に比して過少に評価すべきではない事情にあつたと見られるので加害者である被告の右賠償責任自体をも否定するのを相当とし、結局原告の被告に対する右損害賠償請求は容れることができない。よつて原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条を適用することとする。

(裁判官 長利正己)

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